医療の世界における電磁波の活躍

医療と電磁波には、一体どんな関係があるのでしょうか?
大きく分けて2つあります。

1つ目は「画像診断」に電磁波が活用されています。画像診断とは、放射線(X線やガンマ線)、超音波、核磁気共鳴(磁場と電波)などを用いて、主として疾患による形態上の変化を画像化し診断することです。

もう少しシンプルに表現すると「電磁波などを使って、体の中を見る(診る)こと」とも言えます。人類で最初にそれを実現したのはWilhelm Conrad Röntgen(ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン)博士で、1895年にX線を発見し、1901年に史上初めてのノーベル物理学賞の受賞者となりました。

1896年にレントゲン博士が撮影した手のX線写真
1896年にレントゲン博士が撮影した
手のX線写真

引用:Wikimedia Commons

X線は、波長が10pm~10nm程度の電磁波です。10pm(ピコメートル)は1ミリの1億分の1の長さ、10nm(ナノメートル)は1ミリの10万分の1の長さです。この波長に対応する周波数は、30 PHz~30EHz。30PHz(ペタヘルツ)は1秒間に3×1016回、つまり1秒間に3京回の振動を表しています。京とは、1億の1億倍を表す単位です。また、30EHz(エクサヘルツ)は1秒間に3×1019回、つまり1秒間に3,000京回の振動を表しています。

「5Gとは何?:5Gが生み出す新しい社会」で見たように、新しい通信技術5Gで使用している電磁波の周波数は、3.7GHz帯,4.5GHz帯,28GHz帯です。X線の周波数をGHz(ギガヘルツ)で表すと、30,000,000GHz~30,000,000,000GHzですから、X線の周波数が5Gと比べていかに高いかが理解できると思います。このX線を通信に使ったら凄そうですね。現在、NASA(アメリカ航空宇宙局)が宇宙利用を目的に実験を開始しています。

医療の画像診断へ話を戻しましょう。現在では、電磁波を使った画像診断技術は、コンピュータ技術の発展と共にさらに進化しています。例えば、下の画像は、X線CTによる腹部大動脈の3D画像です。

電磁波(X線)電磁波(X線)を使った腹部の3D画像
電磁波(X線)を使った腹部の3D画像

この他にも、例えば電磁波(X線)を使った「3D仮想内視鏡」などのように、お腹を切開したり、内視鏡を体内に入れたりしないでも、電磁波を使えば体の内部を詳細に見る(診る)ことができる時代に入りました。

さて次に、医療と電磁波の関係の2つ目として、電磁波が治療にも活用されていることを見ていきましょう。

身体を温めて腫瘍などの病気を治療するハイパーサーミア(Hyperthermia)という方法があります。温熱療法,加温療法,高温療法とも呼ばれています。電磁波の一種である赤外線やマイクロ波などを照射することで、体の一部を温めて治療する方法は、既にリハビリテーションなどに広く利用され、一定の効果が認められています。現在は加温技術の進歩と共に臨床応用も進み、手術療法や放射線療法などと並ぶ治療法の一つとして活用されています。

ハイパーサーミア治療器
ハイパーサーミア治療器

引用:山本ビニター株式会社

このハイパーサーミアは、例えば8MHz(メガヘルツ)の電磁波を活用すると、胃癌・肺癌・肝臓癌などに有効であることが判明しており、1984年には癌の治療用具として厚生省の認可を獲得。さらに1996年には、電磁波による局所温熱療法が、健康保険の適用対象となりました。

また2014年に日本でも使用可能になったオンコサーミア(Oncothermia)は、特殊な変調がされた10MHz帯の電磁波を活用しています。これにより、正常細胞への加熱を最小限に抑え、癌細胞のみに対して治療目的の特異な作用を与えることが出来るようになりました。

このように電磁波の医療応用は、まさに日進月歩であり、電磁波は医療の分野において様々に活躍しています。

特殊な対策が施されたMRI検査室(電磁波シールドルーム)の例
特殊な対策が施されたMRI検査室(電磁波シールドルーム)の例

なお、電磁波を活用する医療装置は、不必要な電磁波ノイズを受けると誤動作することがあります。例えば、MRI(Magnetic Resonance Imaging:核磁気共鳴画像)は、磁場と電波の2種類の電磁波を活用しており、非常に微弱な電磁波ノイズでも画像にノイズが入ることがあります。そのために、専門家により高度に設計されたシールド対策を施した特殊な部屋「電磁波シールドルーム」の中に設置して動作させる必要があります。対策の具体的な方法は、対象となるノイズの種類や大きさなどにより異なります。詳しくは「電磁波が漏れる危険への基本的対処法」をご参照ください。

MRIやCTは何を測定するの?

医療用の画像診断が普及した現代では、MRIやCTによる検査を受けた方は沢山おられると思います。最近では、人間ドックでも使われるケースが増えてきました。

一見すると、MRIとCTは同じような形をしています。被験者を載せたベッドがスライドし、ドーナツ型をした装置本体の中空部分へ入っていく。そんな簡便な方法で、色々な部位を撮像してもらえる便利な機械です。

最新のCT(左)とMRI(右)
最新のCT(左)とMRI(右)

引用:キヤノンメディカルシステムズ株式会社

頭部の主な病名と検査装置

下図は横にスクロールするとご覧いただけます。

疾患分類 主な病名 検査装置 疾患分類 主な病名 検査装置
血管系疾患 一過性脳虚血発作(TIA) MRI 変性疾患 アルツハイマー症候群 MRI
硬膜外血腫 パーキンソン病
硬膜下血腫 ヤコブ病
脳梗塞 多発性硬化症(MS) MRI
(造影)
脳動静脈奇形(AVM)
脳動脈瘤 炎症系
疾患
髄膜炎 MRI
(造影)
もやもや病 脳炎
ラクナ梗塞 脳膿瘍
くも膜下出血 CT その他
疾患
精神疾患 MRI
脳出血 てんかん MRI
(造影)
腫瘍系疾患 下垂体腫瘍 MRI
(造影)
三叉神経痛
視神経腫瘍 低髄圧症候群
聴神経腫瘍(神経鞘腫) けいれん
転移性腫瘍 麻痺
髄膜腫 慢性中耳炎 CT
頭蓋咽頭腫 頭蓋骨折
神経鞘腫 副鼻腔炎
神経膠腫 真珠腫性中耳炎

上の表は、「頭部」のみに関する主な病名と検査装置です。実に様々な病気/疾患がMRIやCTで検査できることがわかります。

このように、多くの病気/疾患の診断に役立っているMRIやCTは、撮像原理として電磁波を活用しているわけですが、実際に「何」を測定し画像化しているのでしょうか?

まずはMRIを見てみましょう。

MRIとは、Magnetic Resonance Imaging(核磁気共鳴画像)の略語で、核磁気共鳴(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)という物理現象を利用するために、磁場と電波の2種類の電磁波を使用しています。核磁気共鳴は、静磁場(時間的に変動しない磁場)の中に置かれた原子核が、電波と相互作用する現象です。

もう少し、具体的に見てみましょう。人体の中には、沢山の水が含まれています。水は重量比において、胎児で体重の約90%、新生児で約75%、子どもで約70%、成人で約60~65%、高齢者で50~55%を占めていると言われています。つまり人体の中は、水分子を構成している「水素原子」の数も相当多いと理解できます。他に水素原子を多く含んでいるのは脂肪(10~25%)です。MRIは、「体の各部位における、水素原子の多少度合」を測定しているのです。

この水素原子の核磁気共鳴 周波数は、1.5T(テスラ:1.5T=15,000Gauss)の静磁場の中では63.86MHzです。ちょうど電磁波の中でも電波の領域ですね。1.5T(テスラ)という磁場(正確には磁束密度)は、あのピップエレキバンの史上最強の磁場である200mT(ミリテスラ)の7.5倍です。1.5T(テスラ)の強さの磁場は、世界で最も普及している1.5T(テスラ)タイプのMRI装置で使われており、MRI本体のドーナツ状の部分に巨大な磁石を搭載することで、この強い磁場を発生させています。

平均的なアフリカゾウの体重:2~6トン
平均的なアフリカゾウの体重:2~6トン

強い磁場を、検査部位(例:頭部、腹部など)が入るくらい大きな空間で均一に発生させる技術は高度なものであり、例えば超伝導磁石が使われています。重量も数トン~数十トンあり、設置の際には床の耐荷重に気を付けると共に、設置作業も大掛かりなものとなります。

なお、このMRI (核磁気共鳴画像法) に関する発見に対し2003年、Paul Christian Lauterbur(ポール・クリスチャン・ラウターバー)博士とSir Peter Mansfield(ピーター・マンスフィールド)博士へ、ノーベル生理学・医学賞が授与されました。

一方で、CTについても見てみましょう。

CTとはComputed Tomography(コンピュータ断層撮影)の略で、放射線などを利用して対象物を走査し、コンピュータを用いて処理することで物体の内部画像を構成する装置です。一般的に医療現場でCTと言う場合には、X線を活用した「X線CT」を示します。X線は、「医療の世界における電磁波の活躍」にも出て来たように、電磁波の一種です。

X線CTは、「何」を測定し画像化しているのでしょうか?
X線CTの原型とも言える「X線撮影」(通称レントゲン)を例に、見てみましょう。

X線撮影は、X線発生装置と感光版の間に体を置き、感光版に焼き付けて画像化します。X線は感光板を黒く変色させるため、体の部位により、X線が通過した部分は黒く写り、X線が阻止された部分は白く写ります。肺炎や腫瘍などでは、X線の透過度が低くなる特徴があることで、医療応用が拡がりました。つまり、X線撮影は「体の各部位における、X線の透過度の違い」を測定していることになります。

このX線撮影の原理を応用し、X線発生装置(X線管)、X線検出器を走査させ、コンピュータ処理する装置・システムが、X線CTとなります。

ところで、X線CTとMRIで同じ部位を撮影したら、どのような違いが生じるのでしょうか?

心臓に関するX線CT(左側)とMRI(右側)の画像
心臓に関するX線CT(左側)とMRI(右側)の画像

引用:飯田橋心臓画像クリニック

一見すると、あまり違いがよくわかりません。しかしながら、様々な要素から上の表「頭部の主な病名と検査装置」でも示されているような「使い分け」がされています。これまで世界中の研究機関や臨床現場で長年に亘り積み重ねられてきた知見や治験、データを基に発展してきた医学そして医療。さらなる進化のために、電磁波の有効活用は今後も続いていくと思われます。

電磁波が漏れる危険への基本的対処法

医療現場あるいは臨床の場において、電磁波が漏れることは、どんな危険を引き起こすリスクがあるのでしょうか?

医療用 画像診断装置MRIを主体に、具体的な危険性と基本的対処法の事例を見てみましょう。

大声なのに、僅かな雑音が気になる人
大声なのに、僅かな雑音が気になる人

その前に、MRIは「強い電磁波を活用していると共に、弱い電磁波ノイズでも誤動作する」特徴があることを頭に入れておいてください。譬えてみれば「大きな声で話している人が、敏感な耳と繊細な心を持っていて、周囲の雑音がたとえ僅かでも、話に集中できなくなり、誤った発言をしてしまう」ようなものでしょうか。

では早速、電磁波が漏れた場合の危険性と基本的対処法の事例を、以下で2つ見てみましょう。

ケース1:電波ノイズ

例えば大病院の画像診断エリアでは、3~4台のMRIがお互いに近い場所に設置され、稼働しています。仮に1.5T(テスラ)のMRIが2台、廊下を隔てて向かい合うレイアウトになっており、お互いの検査室のドアが対面している設計の場合、MRIの画像にノイズが入ってしまう場合があります。ドアは一日に何度も開閉しますので、次第に電磁波シールド部材が劣化・老朽化し、シールド性能が落ちて来ることがあるからです。運悪く、対面している2つのドアのシールド性能が共に落ちた場合、お互いのMRIが相互干渉を起こします。MRIで活用されている電波は、ベッドの長手方向(業界ではZ軸方向とも呼ばれます)へ強く発信される特徴があり、相手のMRIへ届きやすい状況となってしまうのです。

ケース1の事例
ケース1の事例

MRIの画像にノイズが入ると、誤診に繋がりかねません。命に関わる危険性も孕んでおり、このような事態は何としても回避しなければなりません。

このような場合の基本的対処法は、①マグネットの磁場強度(正確には磁束密度の大きさ)を変えて核磁気共鳴の周波数をお互いにずらす、②ドアのメンテナンスを頻繁に行い、シールド性能が常に保たれるようにする、③そもそも最初の設計を慎重に行う、などが考えられます。

なお、日本国内では手動・片開きのスイングドア(開き戸)が主流ですが、海外では自動のスライドドア(引き戸)もあり、後者はシールド性能が劣化しづらい特徴があります。

なお、医療施設において電磁障害を受ける医療機器は、MRIの他にもありますので、各機器のレイアウト配置や電磁波シールド設計は大切です。詳細は、下のボタンをクリックしてお問い合わせください。

日本では珍しい、自動スライドタイプの電磁波シールドドア
            構造や作動メカニズムの工夫により、バリアフリーも実現
日本では珍しい、自動スライドタイプの電磁波シールドドア
構造や作動メカニズムの工夫により、バリアフリーも実現

ケース2:磁気ノイズ

再びMRIに登場してもらいます。「大声なのに、僅かな雑音が気になる人」を今一度、思い出してください。

例えば、磁気ノイズの発生源の近くにMRIの検査室が配置される場合です。磁気ノイズというのは、あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、医療施設においては非常に重要な環境ファクターです。例えば、「携帯電話の電磁波が体を壊す?」で示した「電子顕微鏡の誤動作」は、「磁気ノイズが原因」と表現することができます。必要の無い磁場(磁気ノイズ)が、誤動作の原因でした。MRIの場合には、この磁気ノイズがあるレベルの強さに達すると、画像が歪むという誤動作が発生します。

このような磁気ノイズの発生源としては、例えば高圧送電線はよく挙げられますが、MRIの検査室の場合によくあるのが、電気室・電車・自動車です。例えば「MRI室の下階に電気室がある」「都市部の医療施設で、地下に電車が走っている」「MRI室のすぐ外側に駐車場や道路がある」などがよくあるケースです。

このような場合の基本的対処法は、①磁気ノイズのシールド対策工事をする、②磁気ノイズキャンセラーを導入する、③そもそも最初の設計を慎重に行う、などが考えられます。

電磁波の主な種類とシールド方法

下図は横にスクロールするとご覧いただけます。

周 波 数 0Hz~1kHz
(0)(103)
1kHz~3THz
(103)(1012)
3THz~1PHz
(1012)(1015)
1PHz~1EHz
(1015)(1018)
電磁波の主な種類 磁気 電波 放射線
磁石
送電線
テレビ
携帯電話
可視光 X線
g線
よく使われる
シールド材料

ケイ素鋼板
パーマロイ

ガルバリウム鋼板
ステンレス
アルミ
真鍮



コンクリート
シールド原理 磁力線の
バイパス
反射
吸収
反射
吸収
吸収

上の表は、上述した基本的対処法①の「磁気ノイズのシールド対策工事」に関係しており、電磁波の主な種類とシールド方法を示しています。周波数により4つに分類しており、それぞれ電磁波の主な種類や、よく使われるシールド材料、シールド原理が異なります。今回のケース2で対象となるのは、一番左の列:0Hz~1kHz(キロヘルツ)の周波数の電磁波です。この周波数領域は、磁場あるいは磁気の特徴が際立つことが多く、隣の電波領域とはシールド材料もシールド原理も大きく異なります。そのため、専門分野としても別領域で、学会も別々に活動している場合が多く見受けられます。

磁気ノイズのシールド対策工事には、測定・数値解析(シミュレーション)・設計・施工などの異なったフェーズがあり、世界的にも専門家の少ない分野です。

数値解析例 (赤線が数値解析結果)
数値解析例 (赤線が数値解析結果)
論文:T. Saito and T. Shinnoh,”Application using Open-Type Magnetic Shielding Method,” J. Magn. Soc. Jpn., vol. 34, pp. 422-427, 2010より

また、基本的対処法②の「磁気ノイズキャンセラーの導入」は、MRIのZ軸方向(ベッドの長手方向)の静磁場が時間変動しないよう、外部から侵入してくる不要な磁場(磁気ノイズ)をキャンセルするために、反対向きの磁場を発生させるシステムを導入することを示します。例えば、磁気ノイズが「Z軸方向にプラス10」だとしたら、「Z軸方向にマイナス10」の磁場を発生させるという意味です。既に実用化された技術であり、基本的対処法①と②のどちらを選択するか、あるいは両方を組み合わせて対策するかは、その時々の条件によりケースバイケースとなります。詳細はお問い合わせください。

以上のように、「電磁波が漏れる危険性と基本的対処法」について、医療用 画像診断装置MRIを主体に、2つの事例を見て来ました。MRIの場合は、電波ノイズや磁気ノイズの影響を受けて「画像にノイズが入る」「画像が歪む」という危険性があり、ケースバイケースで複数の基本的対処法があることがわかりました。

また、電磁波シールド対策においては、電磁波の周波数領域によって、シールド材料もシールド原理も大きく異なることがわかりました。上の表「電磁波の主な種類とシールド方法」のシールド材料の項においては、周波数領域ごとに複数の異なった材料が挙げられています。例えば、0Hz~1kHzの周波数領域の場合は、鉄、ケイ素鋼板、パーマロイの4種類が挙げられており、主に「磁場の強さ」(正確には磁束密度や磁場の向きと大きさ)を基に、どの材料をどのくらい使用するかを判断します。また、一口に例えば「ケイ素鋼板」と言っても、電磁的特性の異なる様々な種類がありますので、電磁波のノイズ源やシールド対策の目的など、様々な条件を鑑みて、設計・対策を実施する必要があります。

このように、様々な条件を基に、最適な対策を科学的に判断し、医療施設や製造工場のような安全基準の厳しいエリアでも、危険を回避していく。私たちが目指すのは、電磁波の恩恵を活かしながら、同時に悪影響を低減し、日々のライフスタイルを進化させることです。

電波シールド素材の測定風景
電波シールド素材の測定風景